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フラッパー

今、新訳「夜はやさし」を読んでいます。
フィッツジェラルドを知ったのはお金が自由に使えるようになり単行本を買いまくっていた頃、フィッツジェラルド研究者が書いた「ゼルダ」の本からでした。彼女のあまりに破天荒でありながら危うい生き方に、呆れると共に惹かれ、不安に近い共感を覚えました。それからフィッツジェラルドを読み始めたので、彼の作品はいつもゼルダの影を感じながら読んでしまいます。

もともと能力と知名度を持つ彼でしたが、彼女を得たことで表現者としての絶頂期を迎えたことは事実です。閃きを与えてくれたのが誰であろうと、それを形ある魅力的な作品に作り上げたのは彼自身であるということもまた、紛れもない事実なのですが。

それでも彼女の言葉や行動を記した作品が世の中で評価されることに、そこに彼女への評価はなく賛辞は全て彼へ送られることに、そして閃きを彼女に依存していく自分に、苛立ちや搾取しているかの様な後ろめたさを感じてしまう。呪縛から逃れる為に彼女から逃げ出し、(彼女から得られていた)煌めきも無くしてしまう。そして彼女は失望し壊れていく。

そんなことを想いながら読んでいたら、いつのまにか頭の中で違う二人を思い描いてました。TKとTちゃんもいくらかそんな感覚だったのでは無いかしら…まぁこの二人のことは殆んど知らないので勝手な想像でしかないのですが…

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